第123回研究談話会 平成19年7月21日・藤女子大学
女性とホロコースト――Cynthia Ozick, The Shawl
発表者: 羽村 貴史 (小樽商科大学)
報告者: 小古間甚一 (名寄市立大学)
報告
まず初めに、羽村氏は、ジェンダーの観点からのホロコースト研究がなぜ反対されてきたのか、その理由を解説し、さらに、そのような反対意見について『ホロコーストにおける女性』(1998)のなかのいくつかの論文に依拠しつつ、反論を加えていきます。そして、ホロコーストの言説において性が極端に排除されてきたことを問題視し、女性固有のホロコースト経験という視点からオジックの『ショール』を読んでいくことで、ホロコースト表象の新たな可能性を切り開こうとします。
羽村氏は短編「ショール」(とりわけマグダが虐殺される場面)が美的に叙述されていることに注目します。ドイツ人に性的陵辱を受けたローザは、マグダを美化することでそのトラウマを抑圧し、なおかつそれがマグダに対する母性に摩り替えられる、と指摘します。そして、こうした性的陵辱によるトラウマからローザが開放されるためには、わが子マグダの幻影の反復強迫を記憶に転化する必要があり、そうすることでホロコーストの生存者がトラウマから解放される兆し(「救い」ではない)を小説『ショール』は提示していると結論付けました。
質疑応答では、短編「ショール」と中篇「ローザ」が『ショール』としてまとめられた経緯の説明があったり、オジックがユダヤ人作家として位置づけられることがあまりないこと、血の交配を恐れていたがゆえにドイツ兵によるレイプ事件がほとんどなかったこと、作品のタイトルにもなっているショールの意味・役割などが話題になりました。
発表者の論旨に関しては、「ショール」の叙述を「美的」と捉えている点や、「非連続的時間」という記憶の定義について質問がありました。また、パンツを盗まれたと思い込んだローザが砂浜で同性愛者たちと遭遇する場面で、同性愛者が「腐敗」と表象されていることについて議論がありました。この点に関しては、知識人であるとはいえ、オジックがこの作品を書いた70年代当時はまだ同性愛者が認められていなかったために、このような表象になったのではないか、また、ユダヤ教自体が結婚・出産を奨励するがゆえに同性愛者たちに否定的な眼が向けられているのではないかといった説明が発表者からありました。他の作品との関連については、ホロコーストに性的な問題を持ち込んだ作品としてウィリアム・スタイロンの『ソフィーの選択』などが話題となりました。
ホロコースト研究にジェンダーの観点を持ち込むことが反対されていたという事実自体、私にとっては驚きでしたが、『ショール』にはジェンダーの観点から見なければ読み解けない重要な要素があることが、羽村氏による今回の発表で確認されたと思います。