第125回研究談話会  平成19年11月10日・藤女子大学

   

ハードボイルド・モダニスト
――Frances Newman の The Hard-Boiled Virgin、ジェンダー、モダニズム

   

      発表者: 松井 美穂 (札幌市立大学)


 

要旨


  本発表は、The Hard-Boiled Virgin (1926)、 Dead Lovers Are Faithful Lovers (1928) という2冊の革新的な小説を発表し、当時批評家からもある程度評価されていたにもかかわらず、その死後アメリカ文学史においては長く閑却されていたアトランタ出身の女性作家、フランシス・ニューマン (Frances Newman 1983-1928) を再評価する試みである。
 発表では前おきとして、発表者がニューマン研究に至った経緯を説明した。発表者はアメリカ文学研究をフォークナーから出発し、近年は主にカーソン・マッカラーズ (Carson McCullers 1917-1967) の小説に関して研究しているが、研究を進めるうちに、マッカラーズは通常モダニズム作家と言及されることはないが、その作品におけるモダニズムの影響は看過できないのではないか、と考えるようになった。その中で、マッカラーズと同じジョージア州出身であり、彼女に先んじる1920年代後半に、モダニスト的な手法を用いて南部家父長制社会における女性神話を痛烈に批判し、新たな女性のセクシュアリティの可能性を探る作品を発表していたニューマンの存在を、いわばマッカラーズの foremother として注目するに至った。この研究の最終的な目標は、ニューマンをモダニズム文学史において再評価するのみならず、ニューマン―マッカラーズという系譜をたどることで、もっぱら男性作家を中心にして考察されてきたモダニズム期の南部文学を見なおすことにもある。
 本発表はそのニューマンを中心とした南部モダニズム文学研究の端緒となるものであるが、今回はニューマンの最初の小説 The Hard-Boiled Virgin の分析を試みた。発表ではまず、本小説の女性主人 Katharine Faraday の人生とも重なるニューマン自身の年譜を詳細にたどり、ニューマンと当時のアメリカ(南部)社会との関係を確認した。次に、The Hard-Boiled Virgin の作品の内容に関する革新性を、主に、Southern Womanhood 批判、女性のセクシュアリティの扱い方、という点から説明した。ニューマンは小説の中で非常に婉曲的な表現ながらも、それまで公に語られることがあまりなかった、生理や避妊、あるいは処女喪失、といった女性の経験を女性の視点から語り、南部女性のジェンダー・コードを痛烈に皮肉っている。さらに、ガートルード・スタインやヴァージニア・ウルフなどの女性モダニズム作家の影響を受けた、実験的な文体や小説形式について具体的な説明を行った。例えば、本小説では通常の小説にみられるような章立てや、対話がなく(発話はすべて間接話法で表される)、文体においては反復、否定形を多用し、明らかな意識の流れの影響がみられる。小説を書く際、ニューマンも女性の問題を女性自身の声によって表現することを意図している。しかし彼女の文体をさらに、スタインやウルフなどのモダニスト作家のいわゆる「女性的な文体」と比較してみると、むしろニューマンの文体は緊密に制御された「男性的な」伝統文法に則った文体であるとも言える。このようなニューマンの文体における「男性的」なものと「女性的」なものの混在は何を意味するのか、こういった点からも本小説におけるモダニズム文学とジェンダー/セクシュアリティの関係を再考することができるのではないかと最後に指摘した。
 質疑応答では、特に「ハードボイルド」という形容詞の扱いについて議論となり、多くの示唆的な意見を参加者の方々からいただいた。本作が出版された1920年代後半は ヘミングウェイが小説を発表し始め、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーによるハードボイルド探偵小説が出始めたころであるが、当時一般にこの形容詞がどういう意味で流通していたのか、また、ニューマン自身がどのような意味づけを意図してこの形容詞を用いたかは慎重に考えねばならないところである。
 先にも述べたように、本発表は研究のスタートの段階で、作品分析もまだまだ浅いものであったが、いただいたご意見を参考に、さらに研究を進めて行きたいと考えている。



北 海 道 ア メ リ カ 文 学 会