第131回研究談話会 平成20年8月23日・藤女子大学
John Steinbeck: The Long Valley 再読──登場人物が抱く願望と不安について
発表者: 伊藤 義生 (藤女子大学)
要旨
Steinbeck Country と称される California 州 Salinas Valley を中心に展開される短編集 The Long Valley を取り上げる。
Steinbeck は種々の作品において実験を試みた作家とされ、この短編集も多様な切り口を可能とする作品群からなっているが、人間心理を細やかに描いている作品が多い。
この点を踏まえて、登場人物、特に女性たちの抱く願望や不安、そして、それらの女性に対して周囲の人物たち、とりわけ男性たちの反応に焦点をあてて検証していきたい。
今回は、全15編のうち短編集 The Red Pony に属する4作品と、中世フランスを舞台とした寓意的作品の “Katy, the Virgin” を除く10編を扱うが、なかでも女性が中心的存在、ないしは重要な役割を果たしている “The Chrysanthemums”、“The White Quail”、“The Snake”、“The Harness”、“Johnny Bear”、“The Murder” を主に取り上げ、他の作品についてはトピックスに関連して言及する。
今回の発表は、個々の作品の読みを重点的に進めていくことから、「研究」というより「談話」が中心となる。もとよりその読みや見解は、独断と牽強付会の恐れも多々あることから、フロアーの方々の読みと解釈を是非お聞きして、今後の考察の糧としたい。
報告者: 本城 誠二 (北海学園大学)
報告
今回の研究談話会で伊藤義生氏(藤女子大学)が「John Steinbeck : The Long Valley 再読──登場人物が抱く願望と不安について」と題して発表されたのは、この短編集にある “The Chrysanthemums”、“The White Quail”、“The Harness”、“The Murder” の4編を中心とするものであった。これらに共通する点が「子供のいない夫婦の願望と不安」という要素であるとして、妻の側の夢や欲望を含む願望、夫の側の不信感や疎外感を含む不安がこれらの作品に共通して描かれている事を個々の作品のストーリーに触れながら細かく分析した。
“The Chrysanthemums” では、夫には理解のできない妻の菊作りへの情熱が外部からの侵入者とも言える鋳掛け屋の心ない行為で踏みにじられ、それをきっかけとして夫婦がお互いに理解しようと心がけるようになる。“The White Quail” では妻の丹精をこめた庭に出現した白い鶉(女王然として妻を思わせる)を射殺してしまった夫はその事により孤立感を深める。“The Harness” では自分を支配していた妻の死により夫は自由になるかと思えたのが、死んだ妻の影に怯えてしまう。“The Murder” では東欧出身の妻と意志の疎通ができない夫が、妻の不倫相手を殺害した後にはじめて、妻と理解しあえるようになる。
これら4編において、第1作および第4作では結末でそれまでの夫婦の関係が改善され、第2作および第3作では夫は孤独や絶望に中に取り残される事が指摘された。私見としては、第1作および第2作では妻の願望が象徴されるもの(菊・白い鶉)が破壊される事で夫婦の関係が変わっていくように、また男性作家が女性の不可解さを描いているようにも感じた。
質疑では、登場人物が物語の中で、自分の内部の整理できない葛藤や不安に気づくというのが4編の作品に共通する要素ではないかという指摘があった。質疑の時間が短かったこともあって、その後の懇親会も、作品と解釈に関する活発な議論があって盛会であった。