第153 回研究談話会  平成23年8月27日・札幌市立大学

   

Flannery O'Connor の森と街


   

      発表者: 山口 郁恵 (北海道大学大学院)


 

要旨


 本発表では、南部女性作家 Flannery O'Connor の The Violent Bear It Away (1960) における森と街に注目し、そこに描かれている南部および宗教へのアンビバレントな価値観を考察していく。
 O'Connor は南部性とカソリシズムを森に投影している。彼女の描く森は南部の風景の一部であると同時に、その二つが融合した空間でもあり、彼女の抱く暗鬱な世界観への救済をもたらす場でもある。一方で、彼女の描く街もまた作者の宗教観や南部観が投影された象徴的な場所となっている。「街/文明」は「森/自然」の対立物でありながら、作品のなかではその境界線がしだいにぼやけていく。街は人間によって支配されている空間であるが、やがて森のように登場人物に対して救済を与える場所となってゆくのである。
 O'Connor による他の多くの作品においても森と街は重要な役割を担っている。The Violent Bear It Away でも両者は登場人物に大きな影響を及ぼす場であるが、これまでの研究では自然が議論の中心となっており、森と街の関連性については十分な考察がなされていなかった。今回の発表では、The Violent Bear It Away に描かれている森と街に注目し、Deep South を生きた O'Connor の宗教観や南部観を考察する。



   

      報告者: 松井 美穂 (札幌市立大学)


 

要旨


 発表者の山口郁恵さんは、今年の3月に行われた「若手研究者のためのワークショップ」で、ヘミングウェイ作品における「森」についての論を発表されている。談話会報告にもあるように、このテーマは、現在山口さんが取り組んでいる修士論文のテーマがフラナリー・オコナーにおける「森」であるということから選ばれたものであった。今回は修士論文の中間報告という形で、オコナーの The Violent Bear It Away (1960) における「森」の分析を試みることとなった。本発表では、特に作品における「森」と、通常その対立物としてみなされる「街」との関係に着目し、これまでの批評における両者の解釈を再検討し、オコナーが提示する宗教的なテーマ、つまり「救済」という問題とこれらがどう結びついているのかが論じられた。
 発表ではまず、The Violent における「森」と「街」が何を表象するのかを検討し、これまで両者はそれぞれ「自然」、「文明」などと結びつき二項対立的に扱われてきたが、実はどちらもオコナーの「南部観」と「宗教観」が投影された場であり、「森」と「街」は相対するものではなく、連続性を持った、言わばグラデーションのような様相を呈していることが指摘された。そして、その両方を結びつけるものが、ここでは聖なるものとして描かれる「光」であり、それは両者を結びつけることによって「救済」をもたらすべく物語では機能しているということ、さらには、登場人物たちが「森」と「街」をめぐって繰り広げる円環運動が、救済を求めて天へと向かう彼らの「魂の上昇」と相まって螺旋運動を形成していることが論じられ、究極的にオコナーはこういった対立物の一致と、異なるものの融合により、魂の救済をもたらす新たな聖地を提示しているのだ、と結論づけられた。
 発表論文はまだ中間報告という段階であり、 例えば、作品における「森」が南部性やオコ ナーのカソリシズムを表象しているという主張部分では、もう少し説得力のある展開が必要であるように感じられた。またフロアから指摘があった通り、アメリカ文学において「森」は豊かな象徴性を持つと同時に、あらゆるものをそこに読み取る可能性もある。さらに、ホーソーンの「森」との違いは何なのかという質問もあったが、「森」というトポスは恐らく開拓以来、アメリカ人の文学的な心性において大きな位置を占めている故、より深い分析が必要であるし、可能であるとも感じられた。
 フロアからはさらに、エンディングの解釈について(はたして「救済」はあったのか?)、知的障害者である登場人物ビショップにおけるキリストの象徴性についてなど、様々な質問が出た。それに対し山口さんは、可能な限り丁寧に説明し、またその他の質問も彼女の今後の研究に益するものであったと思う。ここでの議論を整理し、さらなる論の発展を期待したい。
 かつて研究談話会は(報告者もそうであったが)、大学院の学生が修士論文に取り組む際に、まずここで口頭発表し、そこでの議論を土台にしてさらに論を発展させて行く場でもあった。今後も多くの若手の人たちに、山口さんのように積極的に発表していただき、さらなる文学的研鑽の場として談話会も発展して行くことを期待したい。

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